ある歌手を語るとき、ヒット曲や売上枚数を並べる方法がある。
けれど、保志あかねを語るなら、それよりも先に言うべきことがある。
それは――声の在り方だ。
保志あかねの歌は、大きく叫ばない。
強く押し出さない。
それでも、消えない。
2001年、全国規模で行われた
「第2のテレサ・テンを探せ」でグランプリを獲得。
「第二のテレサ・テン」という言葉のもとで選ばれた彼女は、
派手な歌唱ではなく、抑制の資質を評価された。
それは偶然ではない。

夜の声――「キサス キサス キサス」
2002年にリリースされた「キサス キサス キサス」。
作曲は 浜圭介。
この曲は、オーディション優勝後、保志あかねのために制作された楽曲である。
迷いを抱えながら揺れ続ける、夜の歌。
声は内側に響く。
高音は丸く留まり、突き抜けない。
ビブラートは小さく、感情を揺らしすぎない。
彼女は、感情を爆発させない。
代わりに、感情を保つ。
この「保つ力」が、揺れ続ける情念を真実にする。

朝の声――「行き先のない切符」
同じく2002年に発表された「行き先のない切符」。
作曲は 平尾昌晃。
行き先を持たない切符という象徴。
声は、ほんの少しだけ前に出る。
サビで息が増え、語尾が長くなる。
しかし、それでも救いに届ききらない。
夜の迷いは、朝になってもすぐには消えない。
ただ、現実に触れ始める。
夜から朝へ――連続する時間
この二曲は対立ではない。
時間の連続だ。
夜に迷い、
朝になっても大きくは変わらない。
だが、声は揺れ続ける。
それは弱さではない。
抑制という選択だ。
爆発しないという選択
2000年代初頭、歌謡曲や演歌の世界では、
強いビブラートや劇的な抑揚が依然として有効だった。
その中で、
声量で勝負しない。
高音で誇示しない。
感情を叫ばない。
という選択は、消極ではなく、美意識だった。
保志あかねの声は、音程が安定している。
形が崩れない。
長く持続する。
技術はある。
しかし、それを前面に出さない。

見せるのではなく、保つ。
ここに、抑制という才能がある。
歌謡曲には、感情を爆発させる流れとは別に、
抑制を美徳とする系譜がある。
強く押し出さず、余白を残す歌い方だ。
保志あかねの歌唱は、その静かな線上にある。
2002年という時間
2002年。
ムード歌謡は終焉へ向かい、演歌も変容期にあった。
昭和的な情念の残響と、
平成的ポップスの波のあいだ。
静かな声は、目立ちにくい。
だが、だからこそ残る。
時代が揺れるとき、
強い声よりも、保たれる声が意味を持つことがある。
2002年発表の
「キサス キサス キサス」(作曲:浜圭介)と
「行き先のない切符」(作曲:平尾昌晃)は、
その過渡期に生まれた。

保志あかねとは何か
彼女は「停滞」を歌っているのではない。
持続を歌っている。
迷いが消えなくても、
朝が大きくは変わらなくても、
声は続く。
爆発しない。
でも崩れない。
この在り方は、大ヒットとは別の価値を持つ。
夜から朝へ
「キサス キサス キサス」が夜なら、
「行き先のない切符」は朝。
そのあいだにあるのは、声の温度差だ。
ほんのわずかな抑揚の違いで、
時間の推移を描く。
それができる歌手は、多くない。

終わりに
派手ではない。
強くもない。
けれど、静かに残る。
保志あかねの声は、急がない。
2001年のオーディションから2002年の楽曲へ。
爆発ではなく、持続を選んだ声。
その急がなさこそが、
いま聴く価値なのかもしれない。













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